「大神のおじさん、なぜ僕を推薦したのですか? 」
 僕の疑問におじさんは笑いながら、しかしその答えは教えてくれることはなかった。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
「炎雷覇、継承の儀式。第一試合、神凪和麻対穂村康介。はじめ。」
審判役の厳馬さまの声とともに僕は木刀を構え距離を開ける、しかし躊躇なく和麻木刀を捨て距離を詰めてくる。一瞬のことに僕は驚き、対応が遅れてしまった。和麻の右手が引き絞られてそのまま僕の顔を狙っているのがわかる。とにかく木刀であごを守るようにもっていく。あごを狙っていた和麻の拳はそのまま僕のこめかみに軌道を変更する、そして衝撃が僕の頭に走った。
「よし、やったぁ!」
 そんな和麻の声を聞いた。
 意識を失ったのは一瞬だけだった、床に体をぶつけた衝撃で意識を取り戻す。和麻は審判役の厳馬さまを見ている。彼はきっと褒めて欲しかったんだと思う。今まで一度も自分を褒めたことの無い父親にきっと期待していたんだと思う。「よくやった。」といってほしかったんだと思う。いままで僕はこのときまで和麻のことを恨んでいた。仮にあのときの夢が現実にならないとしても僕は彼のことを許せなかった。僕が苦しんでいるときに笑っていた彼が、僕にひどいことした彼が。けどこのとき初めて彼の気持ちが少しわかった。彼は必死だった、ずっと必死だったんだと思う。彼はただ自分の父親に認めてほしかっただけなのだ。
けど、いやだから彼に隙ができた。僕の意識が飛んだことを一瞬で確認できるほどの動体視力。その優秀さがこの勝負を僕に勝ちを譲ったことになる。
僕は炎の精霊を一瞬で呼び寄せるだけ呼び寄せながら立ち上がる。精霊の動きこそ感じられないものの僕が立ち上がったことに気づいた和麻は僕のほうを振り向く、そこには絶望と諦めとほんの少しの恐怖の表情が浮かび上がった。
二個の火球をそれぞれの手に持ちながら彼と向き合う。こうなると彼はもう勝てない。彼が勝つためには僕が炎の精霊を呼び寄せる前に一瞬で決着をつけるしかなかった。しかしもう僕は精霊たちを呼び寄せ腕に炎を纏わせた。後は普通に防御するだけでいい。彼は炎に対する耐性が普通の人間とほとんど変わらない。いや普通の人間より多少ましな程度でしかない。
それでも神凪の炎は彼の気だけでは打ち消すことができない。たとえ分家の僕の炎だとしてもだ。
そして僕たちはにらみ合う。十数分が経過しただろうか。静寂の中、綾乃の欠伸が道場の中に響く。分家連中はこの緊張感が耐えられないようなのに。これが宗家と分家の力の差なのかと笑いがこみ上げる。
そう何もビビルことはない。少しおかしくなって笑いがこみ上げる。
和麻が怪訝そうにこちらを見る。そう僕は忘れていた、神凪の炎の力をこの力が使えるものと使えない者の圧倒的差を。僕は少し夢に対してビビリ過ぎていたのだ。
僕は和麻が防ぎきらないほどのしかし、それほど多くない炎の精霊を彼の衣服に接触させ発火させる。それだけで彼に隙ができた、あとは彼を嬲るようなものだった。
衣服の左側に火をつけ注意をそらしたところで右側から攻める。体術に見せかけ隙ができたところに炎の精霊を集め発火させ注意がそれたところで足払いをかける。
もう周りの人間は笑い始めている。会場内で笑ってないのは上座に座っている重悟様と審判の厳馬様、大神のおじさん、寝ている綾乃と泣いている煉。そして戦っている僕たちだけだった。
もっと僕に実力があれば彼をなぶるような真似はせずに僕が勝つことができただろう。彼の心がもっと弱ければもっと早くあきらめて僕の勝ちだっただろう。だけど実際は僕に実力はなく彼の心は強かった。だからこの試合は長引いた。
そしてこの試合はいつしか試合と呼べるものではなくなり、最後に彼の心が折れた。
彼が諦め隙を見せた瞬間、僕の蹴りが彼の側頭部にはいり彼の意識を刈り取った。
厳馬様が和麻の意識がないことを確認し宣言する。
「勝者、穂村康介。なお第二試合、神凪綾乃対穂村康介戦は一時間後に行う穂村康介はしっかり休むように。」
 厳馬様の言葉にうなずきながらも、僕は次の試合の結果はわかっていた。僕は綾乃には勝てないのだと。
 
 一時間後の試合は圧倒的だった。一回戦での試合は距離をとった僕だったが、今回は一瞬で距離を詰めて攻撃した。炎術同士の勝負では僕に勝ち目のないのはわかりきっていたからだ。だが結果は多少異なったが概ね一回戦と同じ結果になった。
 僕の速攻はあっさり綾乃にかわされる、体術では体力的に優勢な僕のほうが分のある勝負だと思ったが、本家じこみの体術の前には僕の我流の体術がかなうわけなく、ましてや炎術がかなうわけがなかった。
結局、僕は綾乃の前になすすべんなく体力がつき最後に木刀の柄でこめかみを殴られ気を失った。
ただ最初の試合と違うところは僕の心が折れたのではなく完全に体力が尽きたあとに負けたことだったと思う。
 
「よぉ康介、気分はどうだ」
 目を覚ますと大神のおじさんがいた。
 いつもどおりのにこやかな微笑を見ながら彼はその後の顛末を語ってくれた。
 あの日から一日がたっていた。
あの後、綾乃は正式に炎雷覇を受け継いだ。和麻が海外へ出たことも彼は事実だけを語ってくれた。大神のおじさんは噂も言わずにただ彼が勘当されたといった。きっと今頃彼の噂で分家の人たちは盛り上がっていることだろう、彼に対しての悪口だけは許されているのだから。消して覆すことのできない宗家と分家の壁の関係ないところにいるのは彼だけだ。
「大神のおじさん、なぜ僕を推薦したのですか? 」
 僕は改めてこの疑問を彼に投げかけた。
「それは康介自身もうわかっているのだろ」
 彼はそういって笑うと部屋を去っていった。
 そう僕はいい加減気がついた。
 宗家と分家、確かに違いがある。その差は圧倒的だ。だけど宗家も分家もどちらも人間だ。人間には人間の限界がある。宗家の人間を殺すのは簡単だ。実際に重悟さまは交通事故で片足をなくした。僕は交通事故を起こしたが一応それなりに健康だった。
 そう殺し合いだけなら近代兵器を使えばあっさりと殺せるだろう。それこそ神炎使いだとしても。
 だけどそんなことはもう関係ない、僕も大神のおじさんも越えたいのだ宗家の力を。炎術士として勝てないとわかっていても。努力だけではかなわない世界に僕らは足を踏み入れた。それでもあがきたいのだ、なぜなら僕たちは人間なのだから。自分より上位の者がいたとしたら超えたいのだ。より高みに、より強く。僕たちは努力し続けるだろう。
inserted by FC2 system