初陣から半年がたった。次の任務を終えるならその後は一人で仕事を回してもらえるようになるらしい、ただその任務は面子が最悪だった。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 宗主の間、僕はそこに重悟様に呼び出された。
「重悟さま本気ですか?」
 僕の問いに彼は何もいわずニヤニヤ、いや微笑みながら僕を見る。
「相手はいくら下級の妖怪だといっても。オロチですよ。それをたった三人で倒せというのは無理があると思います。」
「そんなことは無いであろう。メンバーは康介と大神雅人、あと綾乃の三人なら問題なかろう。それとも何か問題でもあるのか? 」
 正直不安を感じている。確かに面子的には倒せるだろう、しかしこのメンバーでチームワークを組めといわれたらぶっちゃけ無理だと思う。僕が黙っていることをいいことに重悟さまの話は続く。
「たしかに綾乃とチームワークを組むことは大変かもしれん。しかし綾乃もそろそろ同世代の人間とチームを組んでもよい時期だとおもうのだ。綾乃も他人と協力しながら仕事をするということが少なくてな、それに護衛役といっても、大神によると後ろに控えて仕事のあと片付けをするだけというのが現状みたいなのだ。それなら多少の危険を冒してでも強い敵と戦わせて経験をつませてやりたいのだよ。それにな綾乃はああ見えても…」
 そのあとは延々と綾乃の自慢を聞かされることになる。結局次の面会者が来るまでの二時間、親馬鹿の話を聞かされることになった。
「おっと、少し話が長すぎてしまったな。それでは康介、綾乃のことを頼んだぞ。」
 僕は力なく笑いながら「お任せください。」といったあとに宗主の間をあとにする。正直次の任務に対しての不安よりも今この場からされることの安堵感のほうが強かった。
 あれさえなければいい宗主なのに…。
 
「遅い、遅すぎるわよあなた。」
 僕と綾乃のファーストコンタクトは罵声から始まった。
「そういわれても集合時間のまだ三十分前ですよ、綾乃様。」
「うるさいわね、とにかく次は私より早く着なさい。」
 そういうと彼女はさっさと目的地に向かって歩き出した。
「康介、気にするな。お嬢はいつもあんな感じだ、別に康介だけにつらく当たっているわけじゃない。」
 大神のおじさんは笑いながら僕の背中を叩く。
「別に気にしていませんよ、そんなうわさはいくつか聞いたことがありましたし。」
 彼女、神凪綾乃は分家の中ではあまり評判はよくない。炎雷覇の継承する実力(継承の儀で勝っても炎雷覇に認められなければ継承はできない)、美貌、知力、そして神凪で最も重要な攻撃力。確かにカリスマはある、しかしそれは彼女の父親の重悟様や厳馬さまに比べると見劣りしてしまう。若者には人気はある、しかし年代を重ねるごとにそれが生意気に見え年寄りの評判はよくない。
そして何より綾乃が分家の人間を見るときの視線。それは物を見る視線だった。彼女にとって分家の人間は大神のおじさん以外は全て同じにしか見えていないのだろう。
その反面、神凪家以外いや仕事関係者以外の人間と接するときの彼女はちょっと気の強いやさしい女の子でしかないことも知っていた。かわいい物好きで少しファザコン気味、弟のような煉に優しく学校では才色兼備のアイドル。
そして僕はそんな彼女を尊敬することはできない。身近に(実際はすごく遠いが)二人の神炎使いの器の大きさがでかすぎる。そのせいか彼女のことがただの少女にしか見えない。それにもの扱いされているのにその人物を尊敬できる人がいたら僕はそいつに土下座して謝れると思う。
 
そんなことを考えているうちに現場に着いた、周りは広大な山村の田園、見渡す限り水田。そして目の前から感じる妖気。
「いますね、予想よりもでかいです。」
「そういえば二人とも妖怪ははじめてだったな。」
 大神のおじさんが笑いながら話す。
「なに気にするな妖怪は確かに妖気や図体はでかいが、頭のほうが空っぽだから。簡単にしとめられる。最も油断は禁物だけどな。」
「任せておじ様、私と炎雷覇にかかればどんな敵もイチコロよ。」
 そういうと体の中から炎雷覇を取り出す。
「油断は禁物です、綾乃様」
 僕の言葉に彼女はむっとした表情になる。小声で「わかってるわよ」とだけ答えた。
「康介の言うとおりだ、お嬢。油断は行かんぞ。」
「はーい、わかりました。」
 彼女はおじさんにお茶目に答えながら。気を引き締める。
「それでは打ち合わせ道理に。僕は左側から、おじさんは右側から行きましょう。」
 その言葉と同時に僕たちは水田の中にはいていった。
 
オロチはでかかった。大きさにして約十メートル、昔見た「アナコンダ」という映画を思い出した。もっともこれはただの蛇ではなく、妖気を持っていたが。
左右から挟んで牽制攻撃を浴びせる。こちらの攻撃はあまり効いたように感じない。多少熱そうにしただけで、体を振って火を払う。オロチが警戒しているのは明らかに綾乃だった。自分を一撃で屠ることができる力を持っているのは綾乃だけだからだ。
僕は懐からナイフをとり出し印を結びそれに力を込める。印自体には得意意味はない、ただこうすると威力が上がるからそうするだけだ。そいつをオロチの目にめがけて投げる。オロチは咄嗟に目を瞑りナイフを防ぐ、その動作でオロチに隙ができた。
「喰らえ。」
 一瞬の隙を突き綾乃は左面に回りこみオロチの首を落とそうとする。炎雷覇がオロチの首の半ばで止まる。そのときオロチが口から息を吐いた。
「なに、こ、れ」
 綾乃の動きが鈍る。
「お嬢、危ない。」
とっさに大神のおじさんが綾乃を担ぎ上げオロチと距離をとる。その瞬間、綾乃がいたところに尻尾の一撃が降っていた。
「康介、すまんが少し任せたぞ。こいつはオロチじゃない、ウワバミだ。」
 そういうとおじさんは安全圏まで距離をとる。オロチ、いやウワバミがさっき綾乃に吐きかけたのは濃縮された酒気だろう、毒霧でないのが救いだ。しかしお酒に慣れてない僕たちにしたら危険なことに変わりない。すこし酒気を浴びただけで体の動きが鈍るのならかなりの危険を生じさせる。
 綾乃が復活するまでに何とか防ぎきればこっちの勝ちだ。逆に僕が防ぎきれなかったら僕たちは皆殺しに会うだろう。しかし僕にはウワバミの酒気を防ぐ手立てはない。炎で防ごうものなら周りの酸素を一気に燃焼させ僕が酸素不足で耐え切れない。ウワバミは口の中に着々と酒気を溜め込む。この時点で僕がこいつに対抗する手段は一つしかなかった。
(できるのか、僕に?いや違う、できるかできないではない。やるしかないんだ!)
 決心と同時に気合を入れる。
「さあ来いよ。蛇野郎。決着をつけてやるぜ。」
 
ウワバミが息をため、僕に酒気を吐きかけた。
僕は「酒気」のみを焼いた。
 
物を焼くというのは神凪の人間なら本能的に焼くことができる。しかしそれでも焼きたいものを焼くこと、焼きたいものだけを焼くことはまったく違う。そしてその難易度は大きく違ってくる。
浄化の炎。現代の炎術士で実際にそれを見ることができる人間はほとんどいない。黄金の炎より難易度が落ちるとはいえ実際に浄化の炎を完全に使いこなせるのは、現代では二人の神炎使いしかいない。だが僕はその浄化の炎を身を持って体験したことがある。
そう僕は浄化の炎を知っているんだ。
 
あとはひたすら我慢比べだった。僕は綾乃が復活するまで浄化の炎を使いウワバミを焼き続けた。それは神炎にも黄金の炎にも綾乃の炎にも及ばないものだったがまぎれもなくそれは浄化の炎だった。
いったいどのくらいの時間が過ぎたのだろう実際は五分に満たない時間だったはずなのに僕にとっては永遠のように感じた。
「ごめんなさい、後は任せて」
 完全復帰した綾乃は一気にウワバミに向かって突き進む。僕はウワバミの顔面に向かって浄化の炎を目くらましとしてぶつける。綾乃はそのまま目くらましの中に突っ込む。一瞬ドキッとする、なぜなら神凪のものでも炎の中に突っ込むのはかなりの度胸がいる。それを彼女は躊躇なく飛び込んだ。
 このとき僕は彼女に見とれていた。それはまるで伝説の一部のようだった。邪龍に立ち向かう炎の女神。そんなものを想像した自分に少し驚きを感じる。
 ウワバミは脳天に炎雷覇を突き立てられ一気に体の中から燃やされた。
 そしてそこに立っているのは一人の少女だった。
「あなたなかなかやるわね。」
 そういうと座り込んでいた僕に綾乃は手を差し伸べた。
「康介。」
「え?」
「僕の名前は穂村康介。」
 彼女はにやりと笑う。ここら辺はなんだか重悟様に似ていた。
「私は神凪綾乃。よろしくね。」
「ええ、よろしくお願いします綾乃様。」
 彼女は少しむっとした顔になり「綾乃でいいわ。」といった。
 僕は少し笑いながら彼女の手をとり立ち上がる。
「わかりました、よろしくお願いします。綾乃さん。」
 綾乃さんは仕方ないといった顔をした。
 
「それはよいがお嬢。服が焼けておるぞ。」
 大神のおじさんの声に僕たちははっとする。そこには中学の制服を着ていたはずがところどころ焼けたぼろ布になっていた。
 浄化の炎は綾乃さんの制服の結界の一部を焼いていたのだ。彼女はかわいらしい悲鳴のあと、ありえないスピードで僕の側頭部に拳が入った。
 僕の意識はそのままブラックアウトする。
 今回の事件で一番の被害は綾乃さんによって作られた。
 
 ちなみにその後、重悟様が浄化の炎すら防ぐ魔術的結界を仕込んだ高校の制服を彼女に送ることになるがそれはまた別の話である。
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