心地よい風の吹く昼下がりの公園、これから仕事じゃなかったら最高なのに。
 公園のベンチに腰掛けながら依頼人を待っていると、後ろから声をかけられた。
「穂村康介さんですね。はじめまして、私は警視庁特殊資料整理室室長、橘霧香です。」
 そこには妙齢の美女が立っていた。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 仕事自体はあっさり終わった。
 結構強めの妖魔の封印にほころびが現れたためその再封印のための護衛と漏れ出した妖気の浄化が今回の仕事だった。
 妖気に当てられた小動物が凶暴化していたが、特に脅威になる分けなく橘さんの結界にあっさり撃退された。今回実際にしたことといえば妖気の浄化しかやってないのと同じだった。
「それにしてもさすが『浄炎』の穂村と呼ばれるだけあるわね。」
彼女にそういわれたのは仕事のあとに食事(ファミレスだが)を奢ってもらったときのことだった。
「誰ですか、そんなこといったの。」
 少しいやそうな顔をして答える。
「あら、結構有名よ。いわく分家唯一の浄化の炎使い。分家でもっとも黄金の炎に近い男。あと分家最強の男とか、各方面で噂になってるわよ。」
「それこそ根も葉もない噂ですよ。確かに炎の浄化の力の割合は分家でも最も多いですが、それでも完全に浄化の炎だけを出すことできませんから。本当の浄化の炎は焼きたいものだけしか燃やしませんよ。黄金の炎はたぶん一生出せませし、僕は分家最強じゃなくて、分家で仕事の依頼量が一番多いだけです。分家最強は多分、結城慎吾さんか大神武哉さんのどっちかですね。」
 僕の話を聞いて彼女は少し考え込んで、「それならなぜ、あなたは分家なのに継承の儀に出れたの?」と聞いてきた。
僕は少し考え込んだあと、これは自分の考えだから確証はない、と付け加えて彼女の質問に答えた。
 
 四年前の継承の儀、これはもともと試合もなく綾乃さんが炎雷覇を継承して終わるはずだった。少なくとも先代宗主の頼道はそのように進めていた。しかし現宗主の重悟様は完全な実力主義を貫くべきだと考えていたように思われる。確かに今回の継承の儀は綾乃さんがもっとも有力だったが、分家からも自薦、他薦問わずに参加が呼びかけられていた。もっとも継承の儀に参加したのは僕のほかに和麻だけだったけど。
 
「多分、重悟様は先代宗主のときに死蔵された炎雷覇のことが不憫で今度宗家のものが力不足で炎雷覇を継承できなかった場合のことを考えて分家からも参加者を募ったんだと思います。実際炎雷覇の力は凄まじいですから死蔵させるのは勿体無いです。」
 もっとも、そのせいで重悟様と先代宗主頼道との間の確執が大きくなったのは確かだ。
「そう、そんな事情があったのね。そういえばさっき言っていた浄化の炎の割合って何なの?」
「さっきから質問ばっかりですね。まあいいですけど。」
 特にしゃべったらいけないということはないと思うので簡単に説明した。
「神凪の炎といったら、浄化の炎で有名ですけど実際に普段僕たちが無意識に炎を使っても浄化の性質はほんのわずかしか含まれていないんですよ。だから実質的にはただの炎と変わらないんです。意識的に浄化の炎を使うにはコツがいるんですけど、実際に浄化の炎を使ってみると正直無駄が多いんですよ。」
 そういって僕は周りを見回し人がこちらを注目してないことを確認すると、ナプキンを取りそれに火を当てる。しかしそのナプキンは燃えることなく存在する。僕はそれをそのまま灰皿の中においておく。橘さんは少し驚いた顔をするが、多少納得したような感じで僕を見る。
「浄化の炎は基本的に不浄のものしか燃やしません。必要不必要を選別して燃やすのは意外と集中力がいるんですよ。そんなのに意識を使うくらいなら呼び出せる精霊の量を増やして直接相手にぶつけたほうが楽だし効率的だし派手ですから、みんなそっちの修行しかしません。それに今の神凪の気風は『修行かっこ悪い』ですからみんな修行したがりませんし。分家でも死に物狂いで修行すれば黄金の炎に到達できる人は数人はいるんですけどね。」
しゃべり終わると同時に一気にナプキンを燃やし尽くす。そこには一欠けらの灰も残らない。
あとはどちらも当たり障りのない世間話(といってもこちらの業界での世間話であるが)をして食事を終わる。
 
 
「橘さん、ご馳走様でした。」
「いえいいのよ。私も楽しかったわ。それに今度何かあったら個人的に手伝ってくれればうれしいわ。」
 橘さんはなんと言うか妖艶な笑みを浮かべながら話しかけてくる。正直個人的にあったら何か無茶な注文された上にただ働きさせられそうで怖い。
「何かあるときは、ちゃんと神凪を通してくださいね。」
 苦笑しながら答えると彼女は「そう残念ね」といって笑った。
「あとこれはおまけよ。四年前に失踪した神凪和麻くんっていたじゃない。彼ね、名前八神和麻に名前変えたらしいわよ。あと『風の精霊王』と契約して、『契約者』になったらしいわ。こっちはあくまでも噂だけどね。」
 そういったあと彼女は僕の頬にキスをしたあと一度もこちらを振り向かずに去っていった。正直十七歳のお子様には彼女の魅力は強烈過ぎた。
 ちなみに本気で警視庁特殊資料整理室に移籍を考えたのは僕の中だけの秘密である。
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