五年前の夢、実は和麻が契約者になって帰ってきたことと、なぜかその和麻に神凪の屋敷を襲撃され、そのとき怪我させられたことしか覚えていない。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
「知っとるか和麻が日本に帰ってきとるらしいぞ。しかも風術師になっとったんだと」
「なにあの能無しがか? 風術師ってもんは、えらく簡単になれるもんだな」
「いや俺は黒魔術師になったと聞いたぞ。あいつが術師になるなろうとしたら、悪魔に魂を売るしかないだろう?」
「あー、そうかもしれんな。」
「あはははははは………」
 
 似たような会話が、神凪の屋敷中を駆け回る。なかには結城慎治を生け贄にして黒魔術を習得したなどとあきらかに時間系列のおかしな噂まで飛び交っている。
 ちなみに一番多かったのが「和麻は風術師になり神凪に復讐するために帰ってきた。」で一番わけがわからなかったのが「和麻は悪魔と契約し、結城慎治を生け贄に天使を召喚し風の精霊と契約した」とわけのわからない内容になっていた。
 いずれにしろ夢のとおりなら和麻は神凪の屋敷をいずれ襲撃することになる。それなら対風術師のことを多少なりとも考えておいたことは無駄ではなかったということになるのだろうか。
 蛇足だが噂の中心となっていた結城慎治氏だが生きて宗主の間から出ているところを目撃した。
 
 夜。
そこは耳が痛いほど静かでとても広い道場で僕は一人精神を集中していた。
ここは鍛錬の間。学校の剣道、柔道用の道場並みに広いところに一人瞑想していたりする。
ほんの一時間前まで煉くんが一人鍛錬していたが僕が挨拶をするといやそうな顔をして何も言わずに出て行った。彼にとって僕は大好きな兄を家から追い出した張本人に思えるのだろう。確かに仕方ないことだが人のよい彼にそんな態度をとられるとなんだか自分が極悪人になったみたいでものすごくヘコむ。
………………
…………
……
炎の精霊をかき集め意識を集中する。炎にいろいろな条件をつけながら操る、この修行で自分の全力で集めれる量を少しでも増やすことでとっさの出せる炎の量を上げれるようになると思う。
このごろ重悟さまの考えで分家の力を少しでも高めようといろいろなことをはじめたようでその一部として、重要文献以外の宗家の書物が閲覧可能になった。これは神凪だけでなく風牙衆にも与えられた権利で分家の力を取り戻させるためにというのと、風牙衆の人たちとの差別問題を少しでもなくすために行ったものだ。
もっとも利用者は僕以外に記録を見る限り風牙衆の長、風巻兵衛と煉くんの二つの名前しかなかった。僕と煉くんは鍛錬関係の書物。兵衛さんは神凪と風牙衆の歴史についてのほんだった。ただ僕にとってはやはり宗家の鍛錬は相性が悪いらしくそのまま用いることはできなかった。
「あっ」
徒然なるままに考え事をしながら修行をしていると自分が制御していた炎の精霊がわずかばかり持っていかれた。普段ならこれは考えられないことだった、支配下に置いた炎の精霊は実力が大幅に上回っているもの以外にもっていかれることはありえない。そして今現在神凪に僕の制御下に置いた精霊を持っていけるのは重悟さま、厳馬さま、そして綾乃さんだけだ。しかし綾乃さんは今日は仕事で横浜にいるからありえない。重悟さまや厳馬さまだともっとごっそり持っていかれるはずだ。
僕は多少この事実に興味を覚える。これが煉くんなら納得できる、彼は現時点ですでにかなりの才能を感じる。しかも修行熱心だきっとあと数年で黄金の炎に到達することができるだろう。これが分家のものだったら。いったい誰が操っているのだろうか、もしかしたら、黄金の炎に近い威力を持っているんではないだろうか?
そんなことを考えながら僕は道場をあとに炎の精霊を持っていかれたほうへ向かった。
 
「これはまた酷い。」
 そこには生首が三つ並んでおかれていた。夜中にこの光景はかなりのホラーのような気がする。
 一人は結城慎治、あと二人の名前は知らないが結城家ゆかりのものだったような気がする。
 とりあえず風牙の人に結界を張ってもらって一般人にたいして目隠しをしてもらう。僕は「宗主に報告へいきます」とその場をあとにした。
 
「そうか、そのようなことが。わかったご苦労だった」
 夜遅くの訪問にも重悟さまは嫌な顔せずにねぎらいの言葉をかけてくれる。
「明日改めて、このことを聞く。下がっていいぞ。」
 僕は重悟様のそばに控えていた風牙のものに厳馬さまを呼び出すようにいっているのをっきながら退室する。こういうとき権力を持った人は大変だなどと多少不謹慎なことを考えながら僕は自分の割り当てられた部屋に戻っていった。
 
 神凪の屋敷には常時百人ほどの炎術師が待機している。基本的に悪霊は人がいる所に発生する。逆に妖魔や妖怪は人が少ないところに発生するが、基本的に人間に被害を与えないので無視されていることが多い。神凪の仕事は基本的に悪霊退治である。そしてもっとも人が集まる東京周辺に悪霊が増えるし強力になるのは仕方ないことである。
 そこで分家でも力があるものや各分家の代表役のものは宗家の屋敷に寝泊りしているものがいる。ちなみに僕も宗家の屋敷で世話になっている(今は関係ないことだが僕も綾乃さんと同じ聖稜学園のひとつ上の学年で現在二年生だったりする)。
 
「以上報告終わります。」
 昨日の出来事をわかる範囲で報告をする。
 僕の報告が終わると続いて兵衛のなにが起きたのかを調べるための風鏡を行う。
 その後、頼道が「和麻じゃ、和麻がやったのじゃ」とかわめいたり。綾乃さんが乱入して重悟さまと多少やり取りをしたあと(いくらなんでも和麻のことをど忘れするのはあんまりだと思う)最後にとりあえず怪しい和麻さんを連れてきて事情聴衆をする、ということが決まり会はお開きになった。
 
「穂村康介参りました。厳馬さま失礼します。」
 中から「入れ」と簡潔に厳馬さまの声がする。
 僕は障子を開け、礼儀にのっとり挨拶をしようとしたところで厳馬さまにとめられた。
「早速本題に入る。穂村、お前に結城慎吾と大神武哉のふたりと今回の容疑者を連れてきてほしい。多少怪我させてもかまわん、たのんだぞ。」
 彼の目は完全に宗主補佐のものでそこには肉親としての情が一切なかった。
 もっとも内心彼がどう思っているのか分からなかった、この人は他人に厳しく、肉親にも厳しく、そして何よりも自分に厳しい。
 とても不器用な人だと思う。だからこそ彼はこんなに自ら苦しい道を選んでしまうのだろう。もっと楽な道を選ぶことができるのに、その不器用さが彼にそうすることをさせないんだと思う。
 僕はそんな厳馬さまもことを尊敬している。だからこそ彼の要求にこたえないと思う。
「わかりました、必ず神凪和麻を連れて帰ります。」
 僕はそういって部屋を出た。
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