「知らない天井だ。」
 目を覚ますと目の前には清潔感ある真っ白い天井が見えた。窓から見える風景は真っ暗でもうすでに夜になっていた。
「目を覚ましたか康介。」
 どこか聞き覚えある声に反応して反対側を見るとそこにはなぜか厳馬さまが寝ていた。なぜ?
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
「何でこんな所にいるんですか、厳馬さま?」
 厳馬さまは少し顔をしかめた。ただけど、どこかほんのわずかだがすっきりした表情でいった。
「和麻に、負けた。」
 ………………
 …………
 ……
ショックだった誰にも負けるはずないと思っていた、僕にとっては山のようにゆるぎない人だったはずなのに。
だからだろうか僕は長い沈黙の後口を開いた。それは大神のおじさんにもいったことのない僕の中のトラウマだった。
 
「昔、夢を見たんです。」
 厳馬さまは何も言わずに僕の話を聞く。
「今の状況とほとんど同じ夢です。僕は神凪の血の誇りだけ高いだけのつまらない人間で、鍛錬も何もせずに手に入れた力だけがとりえの人間でした。
 その夢である日突然和麻がやってきたんです。和麻はそれまでいじめられていた人間たちに仕返しするかのように攻撃を加えていってそのうち僕の番がきたんです。僕は殺されたくなくて和麻に抵抗するんですけどあっさり攻撃を喰らうんです。すぐに病院に運ばれて治療を受けたんですけど、その半年後に死んでしまうんです。」
「それで、おまえはどうしたんだ。」
「修行を……しました。悪夢を追い払いたくて、とにかく修行をしました。自分じゃもうだめだって位修行をしました。無駄な修行や、間違った修行もありましたけど、大神のおじさんが見てくれたんです。みんなは一生懸命修行しても笑うんだけど、大神のおじさんだけ『好きなだけやればいい』って言ってくれて。」
 このとき、気を失う前の会話で大神のおじさんが死んでしまったことを思い出して、僕はべそをかき始める。それでも僕は話し続ける。
「そのあと継承の儀があったときに大神のおじさんに推薦されて僕喜んだんです。僕は弱くない、仮に綾乃さんに負けたとしても僕は分家で一番強い子供なんだっておもったんです。……そのときにおじさんに和麻も出るって言われたとき。チャンスだっておもいました。体術だけなら負けちゃうけど炎術を使っていいなら絶対勝てるって。和麻じゃ僕を殺せないんだって。和麻に勝てればもう怯えなくてすむんだって。
 それで勝って僕いい気になっちゃったんだと思います。修行して、強くなって、ほかの人を見下してたんです。僕が分家で一番修行している、だから僕が分家で一番強くて、だから分家で一番価値ある人間だと思ってたんです。
 でもそれ間違いで。ただ他人よりちょっと実力があるからって、他人より高みに立ったつもりになって他人を見下していただけなんです。
 でもこれって実はただ神凪の人間が風牙の人や普通の人間を見下しているのと代わらないんですよね。
 こんなくだらない人間じゃ負けて当然ですよね。」
 今までの中で一番重い沈黙が起きた。
 そしてその重い沈黙を破ったのは厳馬さまだった。
「自分で努力した実力を誇りにするのは悪いことではない。己に誇りを持つことと、他人を見下すことは似ているようで違う。そこを間違えるな。」
 そういったあと厳馬さまは少し考えて「昔話をしてやろう」といった。
 
 昔二人の才能のある炎術師たちがいた。
 彼らはお互い切磋琢磨しあったが、片方は相手のことが嫌いだった。
 友好的な男は炎の精霊やまたほかの精霊達と協調しあい、お互いの力を借りるという考えのもと炎術を高めた。
 友好的でない男は炎の精霊を律し強く縛りつけ従わせることで炎術を高めた。そうして強く縛り付ければ縛り付けるだけ強くなれると信じて修行した。
 そしていつしか二人は一族を代表する炎術師になった。
 そんなある日二人は炎雷覇継承の儀式に挑んだ。これはそのまま新たな当主として一族を率いることになる試合だった。
 試合は友好的な男が勝った。ほんのわずかの差だった、ただ最後に炎の精霊が答えてくれたのは、友好的な男だった、たったそれだけのわずかな差だけだった。
 数日後、勝った男は負けた男に会いに来た。
「ごめんな。」
 勝った男が負けた男に言う。負けた男は不快そうに答えた。
「なぜおまえが謝る。負けたのは俺が弱かったただそれだけだ。」
 そういうと勝った男は
「だって、このままじゃ気まずいし。それに俺たち友達だろ、仲直りは早めにしておいたほうがいいからな。」
 それだけ言うとその男はあっさり去っていった。そこに残ったのはただ呆然とした負けた男だけだった。
 
「それで負けた男はどうしたんですか?」
 僕が厳馬さまに話しかけると、彼は少し困った顔をして、「それだけだ」といった。
 そのあとは何も言わず。回復したなら、さっさと帰れといったあと寝た。
 結局、厳馬さまが僕になにを言いたかったのかわからない。ただ僕はこれを何も考えずに聞きこぼしてはいけないそう思った。
 多分厳馬さまは僕に考えさせたかったのだと思う。そして出した答えは自分だけのものだから、それは誰にも侵すことのできない答えを。ゆるぎない自分を、ゆるぎない信念を。動かざる意志それが精霊使いの最強の武器だから。
 そう考えると今までの自分はなんて小さかったのだろうか。結局僕は神凪の中でしか世界を見ていなかった。他人がやらないことをして、他人より優れている気になった。誰かが風牙を馬鹿にすれば、風牙のサポートがないと仕事ができないくせにと、馬鹿にしているもの見て心の中で笑っていた、それなのに風牙の本当の意味での必要性すら理解していなかったのだ。厳馬さまが風牙の風術を下術と蔑むのは風術を蔑んでいるのではなく、努力することを惜しみ、進歩する気のない彼らに激を発していたのではなだろうか? それは修行を怠りがちな神凪のものにも言っていたのではないか?
 さっきの話もそうだ、あの話は続きがあるはずなんだ。結末がどのような結果になったかはわからない。二人は仲直りしたのかもしれないし、改めてライバルとなりお互い高めあったのかもしれない。その答えを僕は知らない、でもいつかその答えを得ることができるかもしれない。
 これは夢でない、現実なのだ。僕は和麻と戦って生きているし。これからも死ぬ気はない。今の修行量が不足しているなら倍、それでもだめなら三倍、それでも負けるなら、勝てるまで僕は努力し続ける。
 もう神凪は関係ない。僕はただ一人の人間として、ただ一人穂村康介として生きていく。神凪も風牙も八神和麻もそしてただの一般人も全て同じ人間なのだから。僕もただ一人の穂村康介として。
 
 いったいどれくらい経っただろう。いろいろ考え込んでいたようだ。僕は静かに病室を出る。
「失礼します、厳馬さま」
 とりあえず今回の事件がひと段落したら旅に出よう。日本だけでなく世界に飛び出してみよう。世界には僕より強い術者がたくさんいるはずだから。
 僕はきっと答えを見つけ出すことができるはずだから。
 そう心に決めて僕は神凪の屋敷に向かっていった。
 
 もっともその決意を持って神凪に向かったら屋敷の門が破壊され、神凪の人間たちがまるで死体のようにぐったりしていた。
「おぉ、康介いいところに帰ってきた。お主も綾乃と和麻と一緒に今から京都に行ってくれんか?」
 そう僕はやっと思い出したのだ、夢の内容を。
 終結の地、京都。
 僕は生き残れるのか?
 早くもさっきの決意が鈍りそうになった。
inserted by FC2 system