重悟様から一応事情は説明された。
 神凪と風牙は祖を同じとした家系ではなく違う家系で、風牙の神を復活させる儀式のため煉君を利用して行うらしい。
 要するに復活させたらやばいのもがいるから復活させないようにそれを阻止しろということらしい。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 京都に向かう新幹線の中、この空間は異常なほど居心地が悪かった。
 なぜなら僕の斜め前方の綾乃さんが隣にいる和麻をものすごい表情で睨んでいた。これだけ殺気をこめれば普通の人間ですら気づくような濃い殺気だった。
 綾乃さんの顔を観察していると表情がくるくる変わる。
「……楽しそうだな。」
「た、楽しいわけないでしょ! あんたと一緒にいるだけで、既にこの上なく不快よ!!」
「あ、そ」
無駄に高いテンションの綾乃さんとそれをあっさり受け流す和麻。
 とりあえず、ここは綾乃さんをなだめる。
「あめ食べます。」
 さっきキヨスクで買った小梅ちゃんを差し出す。綾乃さんは鷲摑みで五、六粒一気にもって行き全て袋をあけバリバリとかんだ。
 和麻はそれを見てニヤニヤ笑いながらタバコを取り出す。僕は指を差し出してそこに火を燈す。和麻は「悪いな」といっていタバコに火を燈そうとする。
「ちょっと、こんな狭い部屋でタバコなんかすわないでよね!ちょっと康介、なに火をつけてるの。」
 僕が指に燈していた火の精霊を綾乃さんに散らされる。
 和麻はため息をつき自分のジッポを取り出し火をつける。
 煙いので少し隣にずれ、タバコの煙が来ないように煙の中に含まれるわずかな火の精霊を操りこっちにくるのを防ぐ。
「吸うなって言ってるでしょ! 聞いてるの!?」
「―――聞いてるよ。」
………………
…………
……
ぼん
タバコが吹っ飛んだ。
和麻はさっと爆発したタバコをよける。綾乃さんは勝ち誇ったような顔をするが、和麻が新しいタバコを出したせいでさらに不機嫌になる。
綾乃さんはあきらめた表情で和麻をにらむ。
「くだらない嫌がらせしてないでさ、少しは作戦でも立てない?」
「作戦なんてないですよ、綾乃さんが流也と戦って和麻さんが援護、二人が戦っている隙に僕が煉くんを助けるかもしくは兵衛を倒す。それだけしかないですね。」
 綾乃さん、僕を睨まないでください。
「まあ、それしかないだろうな。」
「なにそれ私だけ一方的に危険じゃない。ほかに何かないの?」
 このあと延々と綾乃さんが和麻と口げんかすることになる。なんていうか、好きな人にちょっかいかけている小学生みたいだけど、まったく和麻に相手にされていないように見えるのは僕だけか?
 その後綾乃さんは怒ってふて寝してしまった。
 
「お前いつもこんな小娘の世話してるのか?」
 突然和麻がタバコでにごった空気を清めながら聞いてきた。どうやら綾乃さんのこと嫌いではないようだ。少なくとも和麻のようなタイプの人間は気に入った人間以外はどうでもいいはずだから。
「いつもってわけじゃないです、五回に一回くらい一緒に仕事をするくらいですね。まあ、ほかのたいていの神凪の人間は綾乃さんの前で緊張しすぎますから。僕と大神のおじさんぐらいですね綾乃さんのこと色眼鏡使わずに見てたのって。
 大変ですよね、まだ16歳なのに一族の期待を全部背負っているんですよ。」
 和麻は何か考え込んでいるが、ちょっとどこか懐かしんでるような目で綾乃さんを見る。
「誰かに似てますか?」
 なんとなく聞いてみると、和麻はものすごく睨んだあと「別に」といって明後日のほうを向いた。
 なんだかものすごく気まずくなったので話題を変えることにした。
「年収約一千万。」
 僕の言葉に和麻は反応するが、何も言わずに聞いているのでそのまま続ける。
「月二、三回の勤務。多少の命の危険あり、それでも十年に一度誰かが死ぬか生きるかの経験をする程度で実際に近年、死んだ人間は皆無。無能と罵られてもとりあえず謝っておけば問題なし。暴力的な虐待は決して起きない。また税金の納付はまとめて本家任せ。勤務日以外には基本的に自由行動。あと独身者社員寮あり」
「なんだそれ」
 和麻が聞いてくる、しかしそこには明らかに答えの予測はついているようだ。
「普通の風牙衆の生活実態。風牙の友人に聞いたんです。神凪は個人ではもっと儲かっていますけど。重悟さまが宗主になってからはもっと改善されています。一回普通の社会に出た人にとっては、完全にぼろい商売みたいです。普通の会社でも理不尽な上司はいますし、どちらにしても怒られます。まあ神凪の怒り方は理不尽かもしれませんが。ちょっと我慢強ければそんなこと気になりませんし、けど月二、三回でその金額ならぜんぜん大丈夫らしいです。まあ僕の友人の話ですけど。やばくなったら逃げればいい、基本的に情報収集がメインで攻撃担当は神凪任せだから気にしなくてもいいようです。あと風牙の人たちは神凪のことイノシシ侍って言ってます。」
 和麻はなんだか微妙な顔をしたあと「それで何が言いたいと」聞いてきた。
「え〜っと、要するに風牙の人たちの皆殺しはやめてほしいなって。説得は僕がしますから兵衛と流也以外を皆殺しするのをできれば待ってほしいなって。あなたのことだからどうせ『宗主の手間省いてやるよ』とか考えてるんでしょ。まったくそんなことやめてくださいよ。どうせ今回の事件は兵衛の逆恨みから始まったんですから。」
 和麻は仕方ないなといった顔をしたあと「考えておいてやる」といった。彼のことだから出会い頭に皆殺ししかねない。せめて無理やり反逆を強要されている人だけは絶対に殺させないようにしよう。僕は心に強く誓った。
 
 さっき僕は流也の写真を宗主から見せてもらっていた。そこには十年前の僕と僕を抱き上げた彼の姿が映っていた。僕に風牙の実態を語ってくれたのは彼だった、もっとも今まで忘れていたが。彼は重悟さまのことを尊敬していた、彼の話のせいで僕も重悟さまを尊敬した。大好きだったお兄さん、子供好きでいつも風牙、神凪関係なく接していた。それは重悟様ができるだけ二つの一族の差別をなくすように子供のころから溝なく接すればよりよい関係が持てるはずだという思想の元、次期風牙当主に命じられた仕事の一環だった。
 それも彼の病気療養のせいでなくなった。
 せめて彼の魂が開放されたとき安らぎの眠りにつけることを祈って。
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