人生の中で運のいいことが起きたときはその後忘れ去られることが多いが、不幸なことは意外と後のほうまでその事柄を引きずってしまうものだと思う。
 
 風の聖痕 炎の記憶 アメリカの炎術士一家編
 
 後方にいた少女の警告をもとに悪霊が来るらしい方向を確認する。
 数秒後、目の前に現れたゴーストを僕はあっさり焼いた。
 
 あの日から一ヶ月が過ぎた。
依頼された仕事を終えた僕とベティとキャサリンさんはとあるレストランで食事を取っていた。
 
基本的にマクドナルド家の退魔のスタイルは三人一組で行われる。それは攻撃、防御、支援の基本的なものである。今回は僕が攻撃、キャサリンさんが防御、そしてベティがサポートだ。
防御は前衛に出て敵からの攻撃を防ぐ。支援は魔術的な結界を張りそこに出現した敵をすばやく察知し知らせる。攻撃は三人分の契約して呼び出した炎の精霊を統括して攻撃対象に攻撃をするというものだ。
マクドナルド家が世界的に有力な炎術士一家として名を馳せている理由はこの仕組みのおかげといっても過言ではない。
本来、炎術とは普通の術者一人が使うだけでもそのエネルギー保存量は絶大でほかの精霊術には無い攻撃力を誇る。
しかしいくら強力な攻撃力を誇る炎術士だとしてもそれは一対一の場においてのみである。集団戦において炎術は圧倒的に不利である。
それは精霊魔術のなかで炎術は協調性が無いからである。単純に炎をあわせるだけなら簡単に出来るがそれを操作する段階に入ると途端に炎はばらばらに分散され簡単に各個撃破されるのである。地術、水術においては精霊を集める役と操作する役を決めれば意外と簡単に操作は可能、また風術は遠距離からと一撃離脱の攻撃により集団戦においてはもっとも強いといっても過言ではないといえるだろう。
しかしその常識を打ち破ったのがマクドナルド家である。マクドナルドは炎の精霊を事前に一度呼び出し自分が操れる炎の精霊をほかの術者に委託することが出来る。しかしその間自分は炎術を利用することができなくなる。もっともそのほかの魔術は使えるのだが。
つまり、マクドナルド家は三人の術者のうち二人が炎術を一時的に使えなくなる代わりに普通の三倍の量の炎を使うことが出来るのだ。さらに防御とサポートがつくため戦術の幅が広がりやすい。逆に突発的自体や臨機応変が求められる展開には多少弱いという欠点もある。
改めて考えると神凪の異常性がわかってくる。
圧倒的な炎の精霊を呼び出す量、普通の魔術を利用しないところ、そして浄化の炎どれも普通の炎術士では考えられない要素だ。僕ですら神凪でもっとも魔術を勉強していたのにベティに言わせれば魔術のマの字すら分かっていないらしい。神凪で勉強する魔術や方術はいったいなんだったのかといまさらながらに思う。帰ったら宗主に報告しないと。
 
ながながと考え事をしながら食事をしているといつのまにかデザートに移っていた。
隣に座っているのはベティことベアトリーチェだ。ベティはあれから特に何かを言ってくる様子は無かった、しかしその目はなんだかラブラブの恋人たちが合わせる視線のようなものを僕に向けていた。
 しかしそれよりも恐ろしい視線を向けてくる人物が僕の目の前にいた。それはキャサリン・マクドナルド。彼女はもともと神凪に対してよい感情を持っていなかったようだが、ベティが僕に向ける視線を目のあたりにしてから余計に僕のことを睨むようになってきた。
「さぁ、康介様。あーん」
 隣に座っているベティがデザートのアイスをスプーンに載せて伝説のアレをしてくる。
「い、いや、ほら、ま、周りの人が見てるから、恥ずかしいよベティ。」
 どん! っと目の前のキャサリンさんが乱暴にコップを机の上に叩きつける。
「あ、あのどうかしました、キャサリンさん。」
 僕の言葉に彼女はこめかみをぴくぴくと引きつらせながらこちらを睨む。隣ではまったく気にせずにベティが僕にアイスを食べさせようとしている。
「あなたたちはいつのまにそんなに仲がよくなったのかしら。愛称で呼ぶなんて。ましてや様付けで呼ばせる恋人なんて見たこと無いわ。」
 キャサリンさんは恋人といったが、今の言葉の中には「もしそんな関係になったら、死ぬほど後悔させた上にバミューダトライアングルの中心地にコンクリート詰めにして沈める」といっているようである(僕の主観だがニュアンス的にはあっていると思う)。
 もし、あの日のことがキャサリンさんにばれようなら本当に殺されそうだ。逆にクリストファーさんならすぐに結婚式を上げる手配をしそうだ。なぜか彼にはものすごく気に入られている。
「そんな、姉さん。恋人同士なんて恥ずかしいわ。でも安心して、姉さんにもすぐにいい人が見つかるわ。」
 バリン、とガラスが割れた音が店内に響く。われたグラスがキャサリンさんの手に傷を作り血が流れる。
 その目はかろうじて自制しているように見える。つぎ何かの衝撃を加えると確実にやられる、そんな目だ。
「あ、そういえば」
 お願いだからもう余計なことは言わないでくれ。
 しかしその願いは無常にも最悪の言葉で破られることになる。
「康介様、私今月……」
 彼女はそういって頬を染めたあと言った。
「まだ来てないんです。」
 僕は固まったままのキャサリンさんを置いてマクドナルド家に帰った。
 せめてクリストファーさんに謝らないと。
 
 クリストファーさんは僕たちの報告に「初孫か……」とものすごく喜んでいた。
 責任は感じている。明らかに僕の不注意だったのだから、もう諦めたさ、あはははは……。結婚自体は早いと(二人とも十七歳だから)婚約だけになるが僕の高校卒業まで結婚は待ってくれるようだ。
 マクドナルド家自体も分家といえども神凪の血が入ること自体は反対では無いようだ、というより歓迎ムードだった。
 しかしその日から僕の生死をかけた人生の幕開けとなった。
 食事には必ず僕の分だけ毒(しかも明らかに致死量しかも異常なほどの異臭)が入っている。
 仕事に協力するときには背中に気をつけないと、事故に見せかけて殺されかねない。
 夜も眠れない、釘バット(皆殺し君β)がいつ頭上から降ってくるかわからない。
 そんなこんなで一週間がたった。
 
 その日僕はものすごく悲しそうなクリストファーさんとベティを前にしていた。
「実はだな、コースケ。」
 二人とも僕のやつれ具合にかなり引いている。
「来たらしい。」
「あの、なにが来たんですか?」
 ベティはぽっ、と頬を染める。
 そのしぐさにどっと疲れを感じる。
「それでだな、コースケがここにこのままいると多分命が無い。」
 それは僕も分かりますよ、約一名僕を本気で殺そうとする人間がいることが。
「いずれにしろコースケは一度日本に戻るのだろ。多少滞在期間が本来より短くなるがここで戻ってみないか。その間にキャサリンを説得しておくから。」
 二人ともすっごく残念な顔をしている。こういう表情は自分が嫌われているわけじゃないんだなと思う。多少早いがここで帰ることになるのか。
「分かりました、どちらにしろ一度帰ろうかと思っていましたから。」
 その後今後の予定を話し合って僕は駅に向かうことになる。
 
「康介様!」
 駅で電車を待っているとベティがやってきた。
「見送りに来てくれたんだ、ありがとう。」
 彼女は止まらずにそのまま抱きついたくる。
「私待ってます。きっと迎えに来てくれること。」
 その目は完全に夢見るお姫様状態だった。
「これをお持ちください、私の作った精霊獣の術式です。」
 そういって彼女は自分の右の中指から指輪を抜き取って僕の左腕をとる、そしてそのまま僕の薬指に入れた。
「早く迎えに来てくださいね。」
 そういって彼女はかわいらしく笑った。その表情を見て僕ははじめて彼女自身を見たと思う。
 彼女のことがとてもいとおしくて抱きしめる。
「いつか必ず迎えに行きます。」
 そういって僕ははじめて僕から彼女の唇を奪った。
 
 ちなみに僕はその後空港近くのホテルに三泊することになる。なぜならキャサリンさんからの襲撃に疲れた体を癒すことが目的だったからだ。
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