隣の車両に煉くんと僕の知らない少女が一人。
 まるで初々しい恋人のように寄り添っている。
 しかしその話の内容はめちゃくちゃ重いことを話している。
 正直こんなローカル電車でする話じゃないよな。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 二人を見つけたのは最寄りの駅でなんとなく気配を探していたら多くの炎の精霊が移動しているのを感じたので近寄るとそこに煉くんと一人の少女がいた。
 少女の正体は作られた人間らしい、なんでも今年の大祭を成功させるために作られ誰かの記憶を転写して知識を埋め込まれているらしい。
 少女のことどこかで見たことがあると思っていたら「石蕗の姫」こと石蕗真由美に似ていた。本来の祭主(生贄)は真由美本人だったはずだがどうやらそれを回避するために打ち出した苦肉の策が彼女のクローンを作り代わりに祭主にすることのようだ。これを人道的と考えるか非人道的と考えるか、正直わからない。いや、むしろ客観的に見れば非人道的でとても許された考えではないだろう、しかし身内にしてみると自分の娘、友人、そして恋人にとってはそうするしかないのではないだろうか。もし僕がベティを生贄にするくらいなら近くにいる知らない人間を引っ張ってきて代わりに生贄にするくらいの覚悟はある。
 まあ生贄でしか封じることしか出来ない化け物を封印しているのは知っていたしそれ以外の方法で解決することが出来ないのもまた事実だ。正直自分にとってはどうでもいい話だったのが今回出会ったのが煉くんであったためにとんでもない話に発展しそうな予感がする。
 
「あゆみちゃんは、僕が護る」
「――――煉?」
「だから、諦めないでよ。『死んでもいい』なんていわないでよ。僕が護るから。きっと護るから」
「煉………」
 不覚にもうるっと来てしまった。かなりいいシーンだまるで映画の一シーンのようだ。かっこいい、かっこいいぞ煉くん。
 少女の目も心なしか潤んでいる。しかしその反面彼女は煉くんをどこか達観した目で少年の話を聞いている。
「きっとあるよ。あゆみちゃんが死ななくてもいい方法が。僕に出来ることならなんでもする。僕の力なんかちっぽけなものかもしれないけど、兄様ならきっと―――」
「え、お兄さん?」
 ごん
「―――え?」
 ぶつけた頭をさすりながら二人を見ると少女(あゆみという名前らしい)のほうは僕に気づいた様だが煉くんのほうは気づいていないようだ。
 っていうか煉くんそこは『兄様』ではなくてせめて『一緒に逃げよう』くらい言おうぜ。
そのあともふたりはいろいろな話をしている。それは煉くんが話してあゆみちゃんが相槌を打つという感じだった。少年は浮かれ恋をしている目をしていた。少女は少年の話を楽しそうにそして僅かに悲しそうに聞いていた。
 
 駅を降り煉くんが公衆電話(携帯は電源が切れているのではないようだ)で和麻に電話をかけにいったようだ。
「こんばんは、小さなレディ。結構いい夜だね、このままなら明日の夜も晴れるだろう」
 あゆみちゃんは特に驚いた様子も見せずに挨拶を返す。
「こんばんは、あなたが煉くんのお兄さん?その割には炎の精霊が少ないようですけど、それとも今の神凪では地術をばれないように使うことが強さの秘訣かしら?」
 どうやら少女はかなりの実力者だということがわかる、探知専門の風牙ですら気がつかなかったことを気づいたのは宗主と厳馬さまそして和麻についで四人目だ。もっともいずれの誰からも詳しく話を聞かれたことはないので特に問題はないだろうが。
「残念だけど煉くんのお兄さんではないよ。彼の兄は和麻、超一流の風術の使い手だよ。まあ今はあんまり関係ないけど」
「そうですか、私を連れ戻しに着たんですか?それとも煉くんをつれもどしにきたんですか?」
「さあ、なんのことかな。ぼくは彼の心配性の叔父さんに甥がまだ帰ってこないから探してほしいとしか言われてないから。デートが終わったら帰ってくるんじゃないかな。正直最後くらい好きなことをしても問題ないと思うけどね。どうやら石蕗かなりの心配性のようだ、君も帰る気はあるんだろ」
 その言葉に少女は少し笑うと小声で「ありがとう」といって煉くんがいる公衆電話のほうにかけていく。
 かなり嫌味の利いたセリフだったがそれが僕の強がりであったことすら気がついているようだった。
 どうやら少女はかなりいい女になることが予想できる。だからこそ少女がもうすぐ死ぬことを残念に感じる。それでも彼女の死はどうしようもないものだなぜなら個人でも複数人でもたとえ国だとしても誰の犠牲もなしに山をそれもこの国でもっとも大きな山を封じることは出来ない。仮にそれが出来るとしたら神の力か奇跡が起きたときだろう。
 僕は少女と少年が海に向かって歩いていくのを黙って見送った。
 これからこの国を救う少女の願いをかなえるために少しの間くらい時間を分けたとしても誰も文句を言うことをないだろう。
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