目の前に派手な花火が打ち上げられる。
 真っ暗だった海、それはまるで人を飲み込む恐ろしい面を見せていたのに、炎の精霊によって照らされた海は母なる海、美しい海を照らし出されていた。
 この海の景色は世界の二面性を表しているのだろうか?
 それともそう思うだけで僕の気のせいだろうか。いずれにしても世界は恐ろしく大きく人間は簡単に打ち勝つことは出来ないのは事実だ。
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 この美しい炎の舞を見ているとどれだけ宗家の力が大きいかを知ることが出来る。
 正直、炎術の実力で彼に勝つことが出来ないのがわかる。今この場は真昼のように明るい。もし僕がこれだけのレベルの炎を操ったら三日は寝込むだろう。
 僕は煉くんの実力に改めて感心しながら人払いの結界(といってもなんとなく一般人がなんとなく近づきたくなくなる程度)を踏み込んでくる者たちを察知する。気配的に石蕗の人間だろう大きな大地の精霊の気配がわかる。
 振り向くとそこにはふたりの男女がいた。見ることは出来ないが後ろに数人の気配がある。
「お久しぶりです石蕗の姫、それと石蕗分家最強の『不動』の勇二さん」
 僕を見て二人は途端に特に真由美さんが嫌な顔をする。
「そうね半年振りかしら『浄炎』の穂村さん」
 彼女は皮肉を利かせて返す。正直僕は「浄炎」と呼ばれるのはあまり好きでない、なぜならその言葉を聴くたびに『黄金の炎』に届かないといわれているような気がするからだ。
「用件はわかってるわね」
「さぁ何のことでしょうか?おふたりのデートの邪魔になる。というのならあなたたちにこの場を離れてほしいですね。いまうちの若の初恋をデバガメしているところなんですよ。それとも一緒に覗き見をしますか?」
 僕の言葉に真由美さんはこめかみをぴくぴくと痙攣させ何か言おうとする。
 しかし、彼女が何か言う前に勇二さんが先に口を開いた。
「いい加減にしろ穂村。事情はわかっているはずだ。あれが帰らないと今回の大祭が失敗することになるんだぞ、そうすると関東一帯がどうなるかわかるだろう」
「やっぱり、彼女が今回の大祭の祭主なんだな」
 僕の言葉に一瞬言葉を詰まらせる。
 それでも彼の目は強い光を映し出す。
「わかった。その代わり僕が彼女を連れてくる」
 真由美さんは何か言いたそうだったが勇二さんが一瞬先に「わかった」といい先にさえぎる。
 本来のふたりの関係なら決してありえないことだ。たぶん彼は真由美さんのクローン(もしくはそれに類する何か)に対しても多少の情を持ち合わせていたのだろう。
 ふたりとも助けることは出来ない。なぜなら約三百年もの間封印するしかないものを封じ続けてきたのだ。誰かがやらなければ日本の中枢が大打撃を受ける。そう思うと自分の大事な人を捧げるのならその人のクローンを作ってでも回避したい。後悔しながら残りの人生を過ごしていくのだろうと。
 なんとなく彼の気持ちがわかる。彼の視線を感じながら浜辺のふたりに向かって歩いていく。
 
「なあ煉くん、初恋って実らないってジンクスがあるらしいぜ」
 ひとつの影が二つに分かれたとき僕は彼らに声をかけた。ちなみの僕の初恋は大神操さんだったりする、これはここだけの秘密だ。
 少年はびっくりした顔を、少女はファーストキスを見られて恥ずかしそうな顔をしていた。
「何でここに?」
「携帯壊れていて本家に君が死ぬかもしれないがあしからずって電話が石蕗から電話があったらそれなりに必死になって探すよ」
 もっとも綾乃さんと彼の家族以外の人は本気になって探すようなことはしないだろう。もしも彼が死んだらライバルが減ったと思うものの方が多いだろう。それが今の神凪だったりする。多分僕が死んでも小躍りする人間のほうが神凪では多いだろう。
「さぁ煉くん、帰りましょう。みんな心配してますよ」
「でも………」
 彼は少女を見る。少女は少年を見て首を振る。
「私、行かなきゃ。煉ありがとう。私、短い間だったけど煉にあえて本当によかったと思ってる。私のわがままに最後まで付き合ってくれてありがとう」
 そういって彼女は彼の元を去ろうとする。
「いやだ」
 煉くんは亜由美ちゃんの手を取り彼女を止める。
「だっておかしいよ。行ったら死んじゃうんだよ。そんなのおかしいよ」
 彼女は聞き分けのない子供を諭す母親のような目で彼を見る。
「でもね、誰かがしないといけないことなの。そしてそれが私の役目。私の生まれた意味。だから悲しまないで、これから私が大祭を成功させれば八十年間は富士山は噴火しなくて済むの。煉が産まれる前から今まで富士山が噴火しなかったのは今までみんなが大祭を成功させたから。これから煉が人生を送る中で富士山が噴火しないのも私が大祭を成功させるからよ。だから悲しまないで、前を向いて生きて欲しい。そしてたまにでいい私のことを思い出して。煉のほんの一日一緒にいた女のこのことを。私が君にお願いしたいことはただそれだけなの」
 そういって彼女は煉くんの手を振り払った。
「それじゃあね」
 彼女はそういって彼の元を去った。
 
 彼女が僕の横を通り過ぎ去ろうとする。
「今日はありがとうございました」
「いや、僕は何もしてないから」
 一瞬何のことかわからなかったが、ちょっと考えるとなんとなく彼女の言いたいことがわかった。それはただ普通の少女のような一日を送ることが出来たことに対するお礼の言葉だったのだろう。
「あのさ、気休めでしかないんだけど。石蕗の山祇大祭でさ、祭主が死ぬのって力に耐え切れないから死ぬらしい。だからさもし君に富士山を封じるだけの実力と力があればきっと君が死なずに成功させることが出来ると思う。だから死なないで彼の前にもどってきてあげれないかな?」
 僕の言葉に彼女は少し面食らった顔をしたあと少し笑ってうなずいた。
「そうですね、私も彼の元に帰りたいです。それでは」
「あ、ちょっとまって」
 僕は彼女が去ろうとするのを止める。そして僕は左手につけていた土星輪をはずし彼女のほうに投げた。
 彼女は少し戸惑った顔をしたあとかなり驚いた顔をした。
「これ?」
「貸してあげる。ちゃんと返しに来てね」
 彼女は少し困った顔をして「善処します」といって去っていった。
 
 彼女が去ったあと僕と煉くんが取り残された。
 正直何と声をかけてやればいいのかわからん。
 このあと僕らは綾乃さんが来るまで無言のまま過ごした。
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