さすが大型バイクだけ合って時速120キロ近く出せる。
 もっともそんなスピードで公道を走ったために警察に追われるはめになった。
 俺を捕まえるなんて百年はええ!
 
 風の聖痕 炎の記憶
 
 捕まった。ごめんなさい調子乗っていました。
 仕方ないので捕まったあとに霧香さんに事情を説明して即時開放してもらう、ついでに念のために石蕗の封じていたモノが開放される恐れがあることを詳しく説明しておく。
「まぁ、あのお嬢さんならやりかねないわね、まったく康介くんも大変ね」
「そんな、人事みたいなこと言わないでくださいよ」
 僕がそういうと彼女は笑いながら「だって人事だもの」と言って返した。
「まぁこっちもそのことについては警戒しておくわ。あなたもがんばってね」
 僕は霧香さんにお礼を言って携帯を切る。
「じゃあそういうことで」
僕は警察官たちに挨拶する。彼らは「畜生、権力者め」とか「どうせ俺たちは……」とか言いながら恨みがましい目で去って行く僕のほうを見ていた。
 
今まで僕が生きてきた人生の中でもっとも幸せだったこと、それはベティと会ったことかもしれない。そしてもっとも不幸だったことそれは綾野さんと出会ったことかもしれない。
『ちょっと何わけわかんないこと言ってるのよ、早く走らないとまた飛んでくるわよ』
 おい、人のモノローグに入ってくるんじゃない。
 人が現実逃避している時に話しかけてきた羽虫の話によるとこれは風の妖精らしい。
『ねぇ、いくらなんでも羽虫はひどくない?それに私にはちゃんとティアナっていう名前があるわよ』
 虫が何か言ってるけど、そんな言葉は無視する。
 というより気にしていると死ぬ。
『さっきのはギャグは三点ね』
 ごめん僕もいまのはいって後悔した。
 遠くから、「キシャーーーーーーー」という叫び声と同時にすぐ近くで何か黒い空間が通り過ぎていく。僕はあわてて体を屈めてコトで事なきを得た。
 見ると叫び元にはでかい亀。きっとアレは密輸入した外来種の亀に違いない。しかしいったい何を食べたらあんなにでかくなるんだ。
『現実逃避はよくないわよ』
 ………いや、わかってるよ。わかっているさ、あれだろこれこそが石蕗の封じていたモノなんだろ。
 なぁ、普通こういうのってさ僕がつくまで復活しないだろ、なんていうか展開的に。
 なのにさ、何で復活するかなぁ、って言うか復活させないで綾乃さん。
 どうやら反対側では綾乃さんと煉くん、そして何故か居る和麻が攻撃していた。
 そのおかげでこちらに向かってくる流れ弾はあまりこないのが救いだ。
 とにかく僕も彼らを援護する。
『うん、がんばって応援するから』
 黙れ羽虫。
 みんなの攻撃があまり通じないことからかなりの硬さがわかる。このまま僕が攻撃してもダメージを与えることはまずできない。
 そこで集められるだけの炎の精霊を集めることからはじめる。
 幸いなことに綾乃さんと煉くんが居ることによってかなりの炎の精霊が集められている。
 それをゆっくり凝縮させる。
 ゆっくりゆっくり集め、ぎゅうぎゅうと凝縮させる。
 これはマクドナルド家の術の一つで本来ならこのまま精霊獣にするための前段階になる。しかしこれにはある程度才能が要り、また動作をするためのプログラミングなど数十の魔術式が必要になる。
 さすがにいまはそんなことをしている場合でもないし、精霊獣をぶつけても焼け石に水でしかない。
 凝縮させた炎はついには指先ほどの大きさになる。
 タイミングを見計らい、
「喰らえ!」
 放つ。
 それは僕の指先から一瞬だけ一筋の光を描き魔獣を貫通する。
 地面から宇宙へと光が駆け上がる。
 すると魔獣はさらりと消えた。
「よし、やったか?」
「後ろ、康介!後ろ」
 綾乃さんの声に振り向くとそこにはあの魔獣が現れていた。
 僕は魔獣の口から出る何かをよけ続けて、三人に合流する。
「和麻、いま一体どういうことになってる。アレは石蕗が封じていた魔獣か?っていうかなんでお前がここに居る」
『あ、それは私達の宝を取りも……』
「そんなの、あのくそ儀式がむかついたから邪魔しに来ただけに決まってるだろ」
 こいつ本気で言ってるのか?
「に、兄様……」
「とにかくやっと戦力になりそうな奴が現れたんだから、さっさとアレぶっ殺すぞ」
「ちょっと、それどういうことよ」
 綾乃さんの言葉に耳を傾けず。
「おい、尾村さっきのアレもう一度できるな」
「できるけど五秒ほどためがある。あと尾村じゃなくて、穂村」
「十分だ、よろしく頼むぜ穂崎」
 和麻の言葉と同時に四人とも散開する。和麻は上空に、綾乃さんは右、煉くんは左、そして僕は後ろに。
 左右上空からの攻撃に魔獣はうざそうに口からのビーム(?)攻撃をばら撒く。
 それを掻い潜りほかの三人は攻撃を加える。
 僕は炎を数秒で集めタイミングを見計らい……放つ。
 多少のダメージは与えている。
 それでもこのままではこいつを倒すことは多分できない。
 和麻が力を解放するなら多分勝てるだろうが、その隙を作るのは難しい。
 いまこの中でもっとも攻撃力を持っているのは多分僕だろう。
 和麻が攻撃を止めて聖痕を解放するためにはほんの数秒の時間が必要だ。
 しかしその数秒を稼ぐのが僕たちには多分できない、威力はあっても連射が聞かないからだ。
 このままでは先にこちらがスタミナ切れで全滅するしかない。
 気がつくと虫はどこかに行っていた。
『おい、数秒だけ時間を稼げるか?』
 和麻が木霊法で声を投げてくる。
「多分無理だ、誰か死ぬ」
 和麻の舌打ちが聞こえる。
 敵もさっきより明らかに攻撃速度が速くなっている。
 和麻以外にこの攻撃を牽制することは多分できない。
 すると突然魔獣の攻撃速度が弱まった。
 明らかに何か圧力を加えられている。
「どうやら、間に合ったようね」
 そこには霧香さんと数名の警視庁特殊資料整理室のメンバー、そして亜由美ちゃんがいた。
「私たちが抑えておくから、早く倒してね」
 みんな必死の中、霧香さんはまだちょっと余裕そうに言う。
「瞬殺します」
 遠くで煉くんの叫びが聞こえた。
 そのあとは圧倒的だった。和麻が開放した聖痕の力と神炎に届かんばかりの煉くんの炎、結局そのあとは僕と綾乃さんの出番はなかった。
 
 二月の半ば、あの事件から約一ヶ月が過ぎた。
 いま目の前には一人の少女が居た。彼女の名前は穂村亜由美。
 最初は重悟様が養子として神凪亜由美として引き取ろうと考えていたらしいがさすがに内外的に問題結局内の親が養子として引き取った。
 あれからいろいろなことをした。海に行き、山に行き、かなり無理して沖縄に行き桜も見た。
 そのせいで僕の財布の中は淋しくなった。
 煉くんは学校を毎日休み亜由美ちゃんと毎日一緒にすごした。
 ちなみにデートのお金は僕が貸した。まぁ煉くんならきちんと返してくれるから大丈夫だろう。
 操さんも弥生さんも亜由美ちゃんにはいろいろ教えていた(ちなみに綾乃さんはその手の知識が乏しかった)。
 皆、彼女がもう長くないことをわかっていた。
 それでも彼女は無理をしてすごしていた。たぶん安静にしていれば三月の半ばまでは生きられただろう。
 それでも彼女は毎日を全力で過ごした、自分の人生に悔いが残らないように。煉くんとの過ごす時間を全力で過ごした。
 そして今、亜由美ちゃんは床に伏せていた。
 多分あと数日の命だろう。体の核になったのが風の妖精の卵というのがいけなかったのだろう。地術士との相性が最も悪いものを体の中に取り込んで生きていくのはかなりの苦痛をもって生きていたんだろう。
「おはようございます、康介さん」
「おはよう、亜由美ちゃん。気分はどう?」
 少女は笑いながら「全然、大丈夫です」と答えた。
 彼女と話しながら時間を潰す。本当なら今すぐにでも煉くんと会いたいだろうに貴重な時間を僕にとって貰うことに少し罪悪感を感じる。
「それで今日はどうしたんですか?」
 僕はちょっとためらったあとに話を始めた。
「君は多分今週中に死ぬ」
 僕の言葉に彼女は少し悲しそうな顔をするが、それは多分煉くんを残して死んだときに悲しませることに対しての悲しみだろう。
「原因は体の核の風の妖精の卵と石蕗の遺伝子から来る大地の精霊との衝突が一番の原因だと思う。改善する方法を考えたけどその方法は見つからなかった。すまない」
 彼女は首を振り無言のまま僕の言葉を否定する。
「ただかなり賭けになるけど一つの方法が見つかった、それが成功すると何とかなるかもしれない」
「それは本当ですか?」
「多分成功しないと思う。それでもほんの僅かな可能性を信じてその方法をやってもいい。でもそれが失敗したらきっと魂レベルで消滅すると思う。それにかなりの苦痛を強いることになると思う。それでもいい?」
 僕は少女の目を見つめる。少女もそれを返す。
 彼女は少し、しかし力強く頷く。
 僕は少女に僕の考えた方法を話した。
 その日の夜、少女は最愛の少年の見つめるなか静かにその短い人生を終えた。
 
 桜が舞い散るなか少年が卒業式を終えて周りの人たちから祝福されている。
 少年となりには彼の兄と姉貴分の少女。
 同級生との挨拶もすんだのだろう、少年はこちらに歩いてくる。
 その顔はいままでの少年の顔から、つらい過去を乗り越えた男の顔だった。
 少年が僕のほうを見る、僕に気づいた少年は僕に向かって手を振る、僕もそれに答える。
 そのとき僕の後ろに隠れていた五歳くらいの少女が飛び少年のほうへ走っていく。
 少年の顔は驚きに満ちていた、幼女は彼の名前を呼びながら彼の腕の中に飛び込んでいった。
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