「っと、まあこういうことがあったわけだ」
 お昼休みに屋上で昼食をとりながら昨日起きた事件を僕たちは聞いていた。
 この場に居るのは綾乃さん、久遠七瀬嬢、篠宮由香里嬢、そして僕こと穂村康介の四人。
 暖かな日差しの中、周防さんが作ったお弁当をいただく。このから揚げ美味しい。
 
風の聖痕 炎の記憶
 
 そろそろ新学期が始まって二ヵ月半、クラスで怖がられるようになって二ヵ月半、気がつけば僕はクラスの人間に綾乃さんの護衛として認識されていた(しかもなぜか不良)。
 高校に入ってから仕事の割合が多くなり、それと同時に同じ高校に居るため綾乃さんの護衛としてそのまま仕事の現場に通うことがあった。
 一応、親戚として仲が良いということになっているのだが、一部の人間が神凪の屋敷を目撃したため(神凪は一般社会でも調べれば簡単に名家として調べられる、もっとも裏の仕事はそう簡単にばれないが)、綾乃さんは超お嬢様として噂されるようになった。ついでに言うなら僕はその護衛として無理やり留年させられたらしい(由香里嬢談)。
 その後、綾乃さんが撃退してきた一部のナンパ君たちは僕が再起不能にしたということになっている。そのためクラスでは僕を怖がり一人の友達もできず、結局この綾乃さんたちのグループに居る。まぁ、術者ということを隠さなくていいので結構気楽だが。
 
「それでそいつ生きてるの?」
 綾乃さんの話し声に僕は改めてその話を振り返る。
 なんでも、先日七瀬嬢を中心とした一部の運動部女子生徒が盗撮をしていた男子生徒をとっちめてボコボコに下らしい。
「さすがに人が一人死んだら問題ですよ」
 僕の言葉に由香里嬢が頷く。
「そうだよ、綾乃ちゃんがその場に居るわけじゃないんだから」
 その言葉に綾乃さんは怒りをあらわにし、立ち上がる。
「由香里、あんたちょっとお仕置きが必要ね」
 その言葉に由香里嬢は食べかけの弁当箱を置き、立ち上り逃げ出す。
 その後いつものように由香里嬢がからかい、綾乃さんが切れる、七瀬嬢が突っ込む。
 途中、一年生がやってきた。綾乃さんと由香里嬢はすばやく猫をかぶり事なきを得る。
 こうやって彼女たちの人気が上がり、逆にその周りで起きる悪行はより残虐な印象を与え、その仕業はすべて僕のせいとなっていくのだ。ううう……。
「穂村、なにを泣いているんだ?」
 七瀬嬢の質問に「なんでもない」と答える。彼女は少し怪訝な顔をするが、すぐに僕が何故泣いているか気がついたのか少し笑い、話を戻す。
「それで由香里、あいつの処分は決まったのか?」
「三日の自宅謹慎だって」
 自宅謹慎じゃなくて、自宅療養だと思う。集団リンチでそのくらいの怪我というのは結構手加減されているらしい。綾乃さんだったら一生流動食のお世話になる可能性がある。
 その後も世間話が続く。
 なんでもリンチを主催した女の子が風邪を引いたらしい。一部では男子生徒の呪いではという噂が出ている。
 まったく噂好きの女の子たちは困ったものだ。
 
 今、洒落にならない事態が起きている。
 リンチ事件から三日すでに噂どころの話ではなくなっている。たった数日で五人を越える犠牲者、とても偶然では済ませられない。
 僕は屋上のベンチで横になって今回の事件について考える。
 正直言うと、とても呪いとは考えられない。呪いが無いというわけではない、『呪う』ということはそう簡単にできない。呪いを起こすためには、まず呪うための媒体、さらに呪い返り風を防ぐ結界の準備のために少なくとも数十万かかる。ついでに言うならこれらの金額でそろえられるのはほんの気休め程度の呪いしかかけられない。しかも返り風のほうが強力で割に合わない。
 本物の呪物の扱いには核廃棄物を扱うくらいの知識と経験さらに億単位の材料費が必要になり。専門家に頼むには確実に一千万は必要になる。
 突然、大きな音を立てて屋上の扉が開けられた。
 そこに居たのは久遠七瀬嬢。一見すると普段どおりなのだがその表情には多少の焦りが含まれていた。
「穂村。綾乃がどこに居るか知らないか?」
 彼女は僕のほうを確認するとすぐに質問してくる。
「あぁ、綾乃さんなら……、今図書館に居るみたいだけど」
 綾乃さんから感じる炎の精霊の動きは多少遠くに居てもすぐにわかってしまう。夜空に浮かぶ月を探すようなものだ。
「移動しているみたいだしこっちに呼ぼうか?」
 七瀬嬢は少し考え込む、僕の言っている意味がわからなかったのだろう。少し考え込んだあと「頼む」と、いつにもまして凛々しい一言だ。
 僕は「ぽっ」と人差し指に炎を燈す。この程度の炎でも不自然な炎に変わりない。それでも炎の精霊は喜んで協力してくれる。
 指に灯る精霊たちを好きに舞を躍吾らせる。
 といってもこの程度では重悟様クラスの炎術士でないと感知はできないだろう。和麻なら三キロ離れていても感知できるだろう、もっとも彼の場合は確認しても何もしないだろうが。
 七瀬嬢は驚きの表情でこちらを見る。
 僕はさらに調子に乗り炎を増やし、ひゅんひゅんと躍らせる。
 炎の蝶、鳥、魚、犬、猫。どれもマクドナルド家の術と僕独自のアレンジを加えたものだ。開発したのはいいけどまったく戦闘能力もないこの術、誰にも見せることなく消えていくのはなんだか切ないものがあるのでせっかくの機会、派手に使ってみる。
 この術を見ている七瀬嬢はかなり驚いた表情をする。確かに僕が炎術士だということを知っているのでそこまで驚くことはないと思うのだが。
「触ってみますか?」
 七瀬嬢は突然声をかけられ、驚いたようだ。
「触れるのか?これ、炎なんだよな」
「ええ、炎ですよ。まあ一応僕も炎術士だから炎の温度調整くらいできますよ」
 そういって僕はもともと低かった炎の温度をすべて三十度前後にして、炎の鳥を自分の手に乗せて七瀬嬢に差し出す。
 彼女は少しためらったあと手を差し出す。炎の鳥は首をかしげぴょんと彼女の手に飛び移り、首をかしげたあとに羽を整える動作をする。
 すべてがまるで本物のような動作で微笑ましい。
「すごいな、炎術士って奴は」
 感心したようにつぶやく七瀬嬢。その言葉に僕の気も良くなる。もし神凪の人間にこの術を見せたら、怒るか馬鹿にするかのどちらかなのだ。
「触れる炎なんてはじめてみたよ」
 確かに日常生活で触れる炎なんて存在しない。しかし精霊術の基本は意志の力で起こすのだ、現実で不可能なことを可能にして始めて一流の精霊術士といえるだろう。ちなみに僕はマイナス50℃に近い炎を出すことができる、水にぶつけて時に水が凍ったときマジで驚いた。
 気を良くした僕はそのとき調子に乗っていた。
「それじゃあ、最後に取って置きを見せましょう」
 そういって人間にもっとも快適な温度。26℃に湿度50%の炎を作り彼女に纏わせる。もちろん温度が26℃では燃えることもなく、かなり心地良い。この炎で昼寝するともの凄く疲れが取れる、普通の人間には味わえない心地良さだ。
 七瀬嬢にまとわりついた炎はきらきらと美しく、彼女が動くたびに火の粉が舞い幻想的だ。
「すごいな、まるで夢の世界に迷い込んだみたいだ」
 ここで僕はやっと何故こんなことをしているのかを思い出した。
 綾乃さんの周りの炎の精霊の気配を探ってみると、案の定彼女はものすごい勢いでこちらに向かってきている。
「康介!!いったいなにがあったの」
 屋上のドアがものすごい勢いで開く。そこにはこの幻想的な風景に驚く綾乃さんと由香里嬢。多分一緒に図書館で勉強でもしていたのだろう。 
 一瞬で順応したのは由香里嬢だった。どこからともなく取り出したカメラでパシャパシャと七瀬嬢を取り始める。
「七瀬ちゃん、ポーズとってポーズ。そうそう、そこでくるっと回って。ん〜グー、グ―だよ、七瀬ちゃん」
 その光景を目の当たりにした綾乃さんはポカンと口をあけてあきれ果てていた。
「綾乃さん、気がつくのに遅すぎますよ。はじめてすでに二十分経ってますよ。炎の精霊のことなんだから最初の五分で来ないと。最近、和麻とばっかり仕事してるから探知能力下がったんじゃないですか?」
 僕が振り向くと同時に怒りに燃える彼女のパンチが飛んできた。
 もっともその行動は予測済みできちんと受け止めたが。やっべぇ、綾乃さんをからかうの超楽しい、和麻や由香里嬢がからかうのもわかる。
 ちなみにその直後反対側から飛んできたパンチは僕の顔面をしっかり捉えた。
 
「呪いの対処自体は簡単、問題は直接対峙したときだ」
 七瀬嬢の話を聞き終え、対策を立てる段階で最初に発言したのは僕だった。
 一応、僕のほうがこういう呪いなどのめんどくさい事は詳しいので説明を僕に譲ったようだ。
 僕の言葉に彼女は少し安心した表情をする。
「穂村、それは本当か?」
「えぇ、まぁさすがに交通事故を回避するのは気をつける以外ないですが、病気や幻覚に対処する方法なら簡単です」
 綾乃さんのほうを見ると特に何かを言うことなく頷いている。
 僕は自分の懐に入れてある護符を取り出す。ちなみにこの護符は約百枚ほどを札束のようにまとめてある、正直見た目ではあまり効果があるような印象を与えない。
「ねぇ、穂村くんなんなのこれ?」
「これは護符です。簡単に言うなら身代わりです。その一枚で一度だけ自分の代わりに自分に降りかかる弱い妖気や呪いとかを受けてくれます」
 寝る前に一日一枚書いている。悪霊の攻撃を換わりに受けてくれるので持っておくと便利である。もっとも妖魔には無効だし、物理攻撃を仕掛けられると意味ないが。
「もっとも強力な呪いに大しては無効でしょうが、それだけの数があれば素人の呪いなんか聞かないはずです。問題は至近距離で直接力をぶつけられた時です。この護符はあくまでも呪いや形ない妖気の攻撃を無効にするだけで、物理攻撃は効きます。直接会うことになったらこの護符も気休め程度にしかならないでしょう」
 僕の言葉に彼女の顔色が少し悪くなる。
「もっとも、素人の呪術師と七瀬さんなら接近戦は七瀬さんのほうが有利でしょう」
 その言葉に七瀬嬢と由香里嬢が驚きの表情を見せた。
「ねぇ、本当なの綾乃ちゃん」
「そうね、その犯人って話に聞いた限り大して身体能力は高くないんでしょ。今まで直接見た人間が居なくてその影だけで行動してたなら、近くで使うのってかなりタメが居る攻撃になるんじゃないかしら。それなら圧倒的に七瀬のほうが強いわ」
「それでも直接戦うなら何か武器が要りますね、さすがに素人だからって何の準備なしには勝てませんから」
 僕の言葉にみんなが頷く。
「そうね、私や康介が相手すれば簡単なんだけど、それだとあまりにも不自然で万が一にでも私たちの存在に気づいて彼が逃げ出したら、後が怖いからね」
 なにが怖いかというと、逃げて隠れられるとだれかれかまわず呪いをかけかねない。ここは何とか彼女の力でどうにかしてほしい。
「七瀬ちゃん、武器のことは私に任せて」
 そういった由香里嬢の顔はものすごくうきうきしていた。
 その後、例の呪い男をはめるための作戦をみんなで(というよりほとんど由香里嬢一人で)考え出し、その芝居を練ることになった。なぜか由香里嬢はものすごく楽しそうだった。
 
 ちなみに僕が呪い男の名前が内海浩助としり、名前が同じコウスケと読むことを知ったときショックだったのは言うまでもない。
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